西暦 |
世界 |
日本暦 |
日本 |
B.C400 |
・戸外スポーツで円錐型のものへ丸い石を棒で突き当てる競技が原型と言われている(ギリシア) |
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A.C14〜15世紀
1571 |
・その他、スペイン起源説、イギリス起源説、フランス起源説がある。一般的にはクロッケーが室内化したものと言われる。
・(仏)ドビニーが規則を作る。円錐形の石を杖で転がすゲーム。
・(英)象牙の球2個を枠のある台上で関門を通して穴に落とすゲームだった。 |
元亀2 |
(鎌倉・室町時代)
(戦国時代) |
18世紀
18世紀中頃
1770
19世紀
初期 |
・(英)テーブルが長方形で穴が6個となる。
・(米)イギリス派遣兵がニューヨークで本国から球台を輸入。
・器具の改良が盛んとになり、木製台から大理石・ストレートと変革する。
・(仏)2個の球に赤球1個を加え三ッ球として球を他の2個に当てるゲーム。
・(英)ジャック・カーがチョークを考案、手球にヒネリを入れる(現在でも回転を与えることを"イングリッシュ"という。)
・チョーク発明の10年後
(仏)マンゴーがキュー・チップ(棒の先に付ける革の小片)を考案、回転自在となる。
・(米)マンハッタンに最初のビリヤード場開店(イギリス式) |
昭和年間
文化年間
文政年間
天保年間 |
(9代将軍 家重)
(田沼老中) |
1853 |
・ニュ-ヨークで公式競技会が初めて開かれた。6ヶ所のポケット、白球2、赤球2(後の四ッ球ゲーム) |
嘉永年間 |
・オランダ人、長崎出島でビリヤードを楽しむ。(ポケット式) |
1859 |
・デトロイトとニューヨークでポケットのない四ッ球の試合開催(500点ゲーム) |
万延元年 |
(桜田門外の変) |
1870 |
・技術、用具の改良進み1500点ゲーム行なう。
・(米)最初のスリークッションの試合が行なわれる。 |
明治3年
明治4年
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・東京で最初のビリヤード場(精養軒)開かれる。
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1876 |
・(米)スロッソンとセクストンの試合を最後に4ッ球の試合は廃止となる。 |
明治10 |
・国産の球台が初めて製作される。 |
1883 |
・(米)シカゴで初めてボークラインの公式大会開催。優勝者 シェーファー |
明治16 |
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1885 |
・(米)ミカエル・フェーランがゴムとコルクを混ぜてクッションを考案する。 |
明治18 |
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1893 |
・(米)シカゴの試合でアイビスがアンカー撞きを考案する。以後、アンカー撞き禁止となる。(アンカー・ボックス出来る。) |
明治26 |
・海外から郷誠之助、玉野一熊ボークライン・ゲームを土産に帰国、普及する。 |
1896 |
・(米)ボークラインが18インチとなる。以後スリークッションの時代へ。(ホッペ、カクランの時代へ) |
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1910 |
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明治43 |
・山田浩二ドイツへ留学。 |
1913 |
・(米)ポークラインの世界選手権大会行なう。(米国1名と山田)ボッペ優勝す。 |
大正2 |
・山田浩二アメリカへ招かれボークライン選手権初出場三位。 |
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大正5 |
・山田浩二帰国、ボークラインゲーム公開す。(ボークライン時代へ) |
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大正7 |
・門司で第1回東洋三ツ球選手権大会開かれる。 |
1925 |
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大正14 |
・日本撞球協会設立。 |
1926 |
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大正15 |
第1回ボークライン選手権大会開く。 |
1928 |
・フランス、ベルギー、オランダ等で世界ビリヤード連盟結成。(仏)レームで第1回スリークッション選手権大会開く。エジプト、スーザが優勝す。 |
昭和3
昭和11
昭和12 |
・第13回ボークライン小方浩也初優勝。
・松山金嶺、アメリカから帰国。
・スリークッションゲーム広める。 |
1938 |
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昭和13 |
・第1回全日本スリークッション選手権大会開く。松山金嶺優勝。 |
1940 |
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昭和15 |
・第16回ボークライン選手権大会を最後に中断。 |
1942 |
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昭和17 |
・第4回全日本スリークッション選手権、松山金嶺4連勝。 |
1943〜1946 |
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昭和18〜21 |
・戦争、敗戦と続きビリヤード界漬滅す。 |
1948 |
・U.M.B.の世界スリークッション選手権大会復活する。 |
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1949 |
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昭和24 |
・第5回全日本スリークッション選手権大会、小方浩也初優勝す。 |
1951 |
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昭和26 |
・日本ビリヤード協会設立す。
・高石真吾郎氏会長就任。 |
1955 |
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昭和30 |
・ビリヤード風俗営業解除。ビリヤードスポーツ法案国会通過。 |
1963 |
・世界スリークッション選手権、R.クルーマンス(ベルギー)初優勝 |
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1964 |
・日本ビリヤード協会、U.M.B.に加盟す。 |
昭和39 |
・日本ビリヤード協会、U.M.B.に加盟す。 |
1965 |
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昭和40 |
・小方浩也、世界スクリーンショット大会初出場第3位に入賞す。 |
1969 |
東京で世界スリークッション選手権大会開く。(東洋で初めて)
世界連盟(U.M.B.)公認球、象牙からプラスチックへ変更。 |
昭和44 |
・竹田恒徳氏、日本ビリヤード協会会長に就任す。
・アジアで初めて、東京で世界スリークッション選手権大会開く。
・小方浩也第2位、小林伸明初出場第4位。 |
1973 |
R.クールマンス(ベルギー)、世界スリークッション選手権11連勝。 |
昭和48 |
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1974 |
R.クルーマンスついに敗る。(アントワープ大会) |
昭和49 |
・小林伸明、クールマンス(ベルギー)を敗り世界スリークッション選手権初優勝。吉原良男第3位。 |
1977 |
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昭和52 |
・東京で2回目の世界スリークッション選手権開く。小林伸明第2位、吉原良男第3位、小森純一第4位。 |
1980 |
世界スリークッション選手権、クルーマンス6連勝で17回目のタイトル。 |
昭和55 |
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1982 |
第一回世界スリークッション・チーム対抗戦メキシコにて開催。日本チーム優勝(小林伸明・小森純一) |
昭和57 |
・小林伸明、小森純一、第1回世界スリークッション・チーム対抗戦に優勝する。 |
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昭和58 |
・小方浩也理事長、秋の叙勲で藍緩章受賞す。 |
1984 |
・世界スリークッション選手権(西独・クレフェルド)にて小林伸明10年振り2度目の優勝を果たす。 |
昭和59 |
・小林神明、世界スリークッション選手権大会で2度目の優勝。(4月)
・小方理事長病歿(7月)
・日本ビリヤード協会、財団法人化の運動始まる。(9月) |
1985 |
・第2回スリークッション・チーム対抗戦日本チーム優勝。(小林・小森 フランスに於いて) |
昭和60 |
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1986 |
・第1回スリークッション・ワールドカップ始まる。 |
昭和61 |
・第1回アーティスティック選手権開催される。(東京青山円形劇場)町田正優勝。 |
1987 |
・第42回世界スリークッション選手権(カイロ)この大会を最後にワールドカップ選手権となる。
・第3回スリークッション・チーム対抗戦日本チーム3連勝ならず。(吉原良男・甲斐謙二)スペイン・マドリッドに於いて。
・東南アジアスポーツ大会にビリヤード競技正式参加。日本より指導者として小林伸明・藤間一男両氏派遣(ジャカルタ) |
昭和62 |
・世界スリークッション・ワールドグランプリ大会、日本にて初めて開催(東京 都ホテル)
・テレビ東京にて放映。
・日本ビリヤード協会定期総会にて社団法人化への道を進むことを決裁。 |
1988 |
・スリークッション・ビリヤード・ワールドカップ大会ファイナル戦、東京パシフィックホテルにて開催。島田暁夫準優勝。 |
昭和63 |
・第3回アーティスィック選手権、町田正3連勝。 |
1989 |
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昭和64 |
・第2回全国スポーツリクリエーション大会に協賛種目としてナインボール大会初参加。(松山) |
1990 |
・第4回世界スリークッション・チーム対抗戦、日本チーム優勝(吉原良男、甲斐謙二)
・ビリヤード・ワールド・カップファイナル東京大会開催。NHK・BSにて生中継。T・プロムダール優勝。 |
平成2 |
・10月、文部省より公益法人として社団法人日本ビリヤード協会の認可が下りる。
・第5回アーティスティック選手権(東京 町田正5連勝)
・第6回全国スポーツ・リクリエーション祭に協賛種目としてアマチュアナインボール大会に参加。(和歌山)
・第6回全国スポーツ・リクリエーション祭に協賛種目としてアマチュアナインボール大会に参加(熊本) |
1991 |
・ビリヤード・ワールド・カップソウル大会、日本 真野慶彦第2位。
・ビリヤード・ワールドカップファイナル東京大会開催。NHK、BSにて生中継。D・ヤスパース優勝 |
平成3 |
・社団法人日本ビリヤード協会総裁に。
・三笠宮ェ仁親王殿下ご就任。
・会長に坪内嘉雄氏ご就任。 |
1992 |
・世界ビリヤード・スポーツ連合発足(オリンピック参加を目指して)
・第6回世界スリークッション・チーム対抗戦、日本チーム優勝(小森純一・小林伸明)
・東京オープンナインボールトーナメント開催
・NHK、BSにて生中継 E・レイズ優勝
・ビリヤード・ワールドカップフランス大会、日本 小森純一第2位
・ビリヤード・ワールドカップ東京大会開催
・NHK、BSにて中継 T・プロムダーム優勝 |
平成4 |
・1月ポケット・プロ選手日本ビリヤード協会に団体加入
・第7回全国スポーツ・リクリエーション祭に協賛種目としてアマチュアナインボール大会に参加(島根)
・プロポケット選手権大会
利川章雲優勝
・普及研究事業としてビリヤードの高齢者に対する生学的研究を開始
・学校5日制開始に伴い9、12レッツキャンペーンを実施(小・中・高校生を対象に無料教室・無料台開放) |
1993 |
・ビリヤードワールドカップ東京大会開催
・NHK、BSにて中継 R・クルーマンス優勝
日本 小林伸明第2位 |
平成5 |
・"障害者ヘルスフィットネス国際会議及び障害者体育・スポーツ実施研修会"にて高齢者に対する生理学的研究発表。
・千葉県民の日、スポレク・プレ大会参加
・全日本スリークッション選手権大会50回記念大会を迎える。
・第8回全国スポーツ・リクリエーション祭に協賛種目としてアマチュアナインボール大会に参加(千葉) |
1994 |
・世界三種目選手権大会、日本チーム初めて決勝リーグへ
第4位(ポーク 占部 ハンド 町田 スリー 甲斐)
・世界ナインボール選手権大会
日本 奥村健優勝(アメリカ・シカゴ) |
平成6 |
・アマチュアポケットビリヤード連盟団体加入
・第9回全国スポーツ・リクリエーション祭に協賛種目としてアマチュアナインボール大会に参加(北九州) |
1995 |
・GAISF(国際スポーツ連盟総合連)にWCBS(世界ビリヤードスポーツ連合)が加盟 |
平成7 |
・宇佐見祐司選手が全日本アマチュアスリークッション選手権大会で大会新記録の4連覇達成 |
1996 |
・WCBSがIOCより暫定承認される。IOCより発表されたアジア会議案の中にビリヤードが初めて入る。 |
平成8 |
・第10回全国スポーツ・リクリエーション祭に協賛種目としてアマチュアナインボール大会に参加(群馬)宇佐見祐司選手全日本アマチュアスリークッション選手権大会5連覇し記録更新す |
1997 |
・WCBS第1回会議
・財団法人日本レクリエーション協会主催「日中国交回復25周年記念日中市民交流事業」にビリヤード協会から四ッ球選手団が参加
・IWGA(インターナショナルワールドゲームス)に加盟
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平成9 |
・1月 全国プレーヤー登録制度始まる(略称CSカード)
・日本スヌーカー協会が加盟
・7月 長年の高齢者活動に対し末澤敏捷氏・宮前薫プロを表彰する。
・11月財団法人日本レクリエーション協会より宮前薫プロが「レクリエーション運動普及振興功労賞」を授与される。
・宇佐見祐司選手6連覇し大会連覇更新
・沖縄で初の全国大会として、第11回全国スポーツレクリエーション祭アマチュアナインボール大会開催。 |